watako 日常と手しごと

手編みやお裁縫などの手芸、子どもについての記録

地震。

こんにちは。

熊本の地震。。
元には戻らない命がある。
元には戻らない家がある。
元には戻らない傷がある。
それでもどうか、一日も早く日常が戻りますようにと祈ります。。
そして心よりお見舞い申し上げます。。




私の住む福岡の片田舎でも、地震が続きました。
はじめは木曜日の夜9:30位。
夫と私の携帯、タブレット、TV、町のサイレンがけたたましく鳴り響き、グラグラグラー!!
心臓がバクバクし、とにかく娘を抱きしめて、家族みんなで揺れがおさまるのをトイレで待ちました。
このトイレ、ガラスが多いぞ、、、と言いながら。。。
揺れがおさまり、すぐに玄関を開けに行く。
外では「大地震です。大地震です。」という初めて聞く放送。
まだ心臓がバクバクしている。

隣の兄家族は?と玄関を見ると扉が開いている。
出てくる気配はないし、声もしないなぁと覗いていると、ソロ〜っと、義姉さんが3歳の娘ちゃんを抱いてバッグを持って顔を出した。
ホッ。
顔が見えるだけで安心する。お互いに。
義姉さんにも焦りと恐怖心が見えたけど、顔を合わせるとお互いに安堵を見せた。
兄は出掛けていて娘ちゃんと二人だったらしい。
さぞ怖かったことだろう。。
いつも頼りなく感じてしまう夫だけど、今回の地震ではその存在だけで大分安心できた。
私は娘だけ抱いて出たけど、携帯とめがねを忘れずに持って出てきた。

こちらは震度4で、被害らしい被害はありませんでしたが本当怖かった。
サイレンに心臓が飛び上がる。
朝方まで何度も震度1〜3とサイレン、、、。
不安と心配で寝付けないまま朝が来た。
サイレンが鳴るたびに娘も目を覚まし、私や夫にギューっとしがみつき、寝不足の様子。

震度4で、大袈裟と思われるかもしれません。。
でも、我が家は築約90年。
倒壊するならうちだと思っているので気が気じゃありません。。。


金曜日。
日中はほとんど揺れは感じず、あのサイレンも鳴らなかった。
娘と公園→イオン→実家に行き、自宅からは離れていました。
そして夜。
寝ていると夫が起こしてくれて、またサイレン!1:25位。この地震は長かった。
また震度4。
家族で一応簡単に纏めた荷物を手にまた外に出てみる。
辺りはシーンとしている。
兄夫婦が窓から声を掛けてくれる。
またホッとする。
ニュースを見ていると、倒壊した家屋はやはりうちと似た家々なんだもの。。
娘の命だけは何が何でも守らなければ、、、。
赤ちゃんが助け出される映像がありましたが、、、心配すぎて怖すぎて、、耐えられませんよね。。。
赤ちゃん、無事で本当に良かった。
我が家に重ねてみると、涙が止まらない映像だった、、、。
倒壊するほどの地震がきたら、、、きっとサイレンが鳴っても間に合わないなと感じた。。
どうしたものか。。
この日もサイレンが度々鳴り、また眠れなかった。。
土曜日には揺れはほとんど感じなくなりましたが、楽しみにしていたアビスパの試合は中止。
夜は雨の予報だし、まだわからないので、備えだけして、就寝。
我が家、裏には小高い山があるので、土砂崩れも少し心配。
コンクリートで固められてはいるけど、、熊本の被害を見ていると、コンクリートも信用できないし。。
やはり気には留めておいて損はないです。

昨晩はサイレンもなく、一安心でしょうか。。
娘はすっかりサイレン恐怖症です。
怖がらせてごめんね。。


本当に怖いです。
今回以上の震度ではうちは持ちこたえられないんじゃないかと思うと、、、。
外に出てはみましたが、道路や電信柱、電線や瓦の落下も怖いですよね。。
どうしたらいいものか。


どうかもう起こりませんように。と今は祈るばかりです。




金曜日にイオンで。
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ざるうどんを食べました。
だいぶ上手に自分で食べられるようになりました。